じんけん放話24:あこがれにあこがれる、人権の学び
年度末のこの1か月。センターには多くの団体等から次年度の人権研修等の講師派遣に関する問い合わせが届きます。研修担当者としては、いかにして「良い講師」をつかまえるかが腕の見せ所となるでしょうが、そもそも「良い講師とはどんな人?」と問われたとき、あなたはどう考えますか。
この点について参考になるのが、「ジラールの三者関係論」という考え方です。フランスの哲学者、ルネ・ジラールは、主体Aに「欲望」が生じる仕組みを、他者Bと対象Cとの関係から説明します(1972年)。これによると、欲望というものは、Aの内部で自然に生じるものではなく、Aが惹きつけられる身近な他者Bが対象Cを欲望するが故に、A自身も対象Cを欲するようになるというものです。
人権研修など、啓発や教育を例に考えると、学習者(主体A)は、講師(他者B)が示す知識やその指導技術に魅せられるというよりも、講師が惹きつけられている世界(学習テーマや内容、そこに根付く価値観や考え方)(対象C)に惹かれ、興味を持つようになるという考え方です。ちなみに、教育学者の齊藤孝(2001年)は、「学ぶことは他者のあこがれにあこがれることである」と言う表現で、この三者の関係を表しているようです(註)。
やや飛躍して解釈すると、人権研修等においては講師の「差別や暴力をなくしたい」という想いや、「誰もが尊厳を持った個人として大切にされる社会」への憧憬が参加者に生き生きと伝わったとき、参加者に人権尊重社会への「あこがれ」の気持ちを促すのかもしれません。逆に言えば、学習テーマについて、どこか人ごとのように捉える講師の惰性的な振る舞いを、参加者は無意識に学び内面化するということです。
ジラールの理論を知ると、自分の日頃の人権研修や人権啓発、人権そのものへの思いやその向き合い方が問われ続けているように感じます。シンプルだけれど重みのある問いかけです。
……さて、そんなことをぼんやり思いながら職場近くを散歩していた3月下旬の昼時。前方には、汚れで灰色になった点字ブロックを、真新しい黄色に塗り変える道路整備関係者の姿が。丁寧な作業で、道の色と点字ブロックの色のコントラストはくっきりはっきりと。暖かな陽光のもと、少し立ち止まってまた歩き始める私の身体と心は何となく軽やかになりました。
次年度も、じっくり、誠実に、前向きに人権と向き合い、人権啓発の世界に「あこがれ」「惹かれたい」と思う次第です。
さあ、4月まであとわずか―――。
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註:ジラールの三者関係論は、主に、次の資料を参考にまとめた。
・高橋勝「〈教師-生徒〉関係」「『最新教育キーワード137【第10版】』時事通信社(2003年)pp.170-171
ただし、この理論には反論もあり、全ての「欲望」を他者の影響(他者の模倣)から生まれるとするのは単純化しすぎで、個人の内発的な欲求も無視できないという意見もある。