じんけん放話27:人権と存在と思考
机の上においた物を引き出しの中にしまうと、どれだけ大事な物でも、その存在を忘れてしまう。
私はたまにありますが、皆さんはいかがですか。
「見えなくなると人は考えなくなる」
これは、北九州市を拠点に37年にわたり、ホームレス状態にある人々の生活・就労支援などに取り組まれる牧師、奥田知志さんのご指摘です。(註1)
困っている状態の人と支援員の出会える場が街の中になければ、人と人が共感でつながっていく様子が見えなければ、この街のどこかに確かにいるのに、人はそのことを考えなくなり、感じなくなる。自分事として考えることが難しくなり、現実は一切変わらない…概ね、こういった問題意識からのご指摘だったと思います。
「見えなくなると人は考えなくなる」。それは、ある人権侵害の状況が実体として「みえなくなる」ことに加え、メディアや本、資料から「みえなくなる」こともありえます。
先月、アメリカの国務省が、世界中の人権状況をまとめた「人権報告書」2024年版を公開しました。この報告書は、1974年以来、アメリカ政府が世界各地の人権運動を支持する基盤となっている資料で、外交官やNGO団体、ジャーナリストからも、公平で包括的な内容だと評価されているものです。
この最新版では、現政権の方針等に基づいて、内容が大幅に簡素化され、分量は、前年から3分の2以上削減、複数の項目は、項目ごと削除か、大幅にカットされたようです(政府の腐敗、性的マイノリティや障がいのある人、ジェンダー、人種に基づく迫害等の人権侵害 等)。国別の人権状況の記載内容は、それぞれの国との関係性や姿勢が色濃く反映されているとのことです。
「冗長な部分」を削除し、「読みやすさ向上」のために「再編成」されたと説明する政府関係者がいる一方で、ファクトのチェリーピッキング(数多くの事例から都合の良いもののみ選ぶ行為)が増えたことや専門的な作成プロセスに政治的な介入が強まったと指摘する識者もいます。(註2)
アメリカに限らず、官民の様々なレベル・領域の組織や機関が公開する情報から、特定の人権侵害の実態がみえなくなることは、この社会から、特定の個人や集団の存在を「人権侵害し続ける」ことにならないかと、考えてしまいます。
人権啓発に取り組む一人として、人権侵害が起きている実態や人権を求めて活動している状況、そして人権の重要性を「みえるように」、また、「みてもらえるように」伝えていこうと思います。たとえ、どんなに身近な関係の中で起きる人権問題でも、「みえないこと」「みえないふりをしていること」は多いですからね?
仲秋の候。まずは沈思黙考、各々で。
註1)奥田知志さんのご指摘とその意味するところは、次の記事に基づいて紹介しました。
・NHK NEWS WEB サイト記事『WEB特集 排除?「仕切りのあるベンチ」を考える』(2024.6.27)
註2)アメリカの人権報告書を巡る記載は、次の記事を基に整理してまとめました。
・BBC NEWS JAPAN サイト記事「トランプ政権、人権報告書を大幅に書き換え縮小」(2025.8.13)
・日本経済新聞「米人権報告書、分量3分の1に大幅縮小 イスラエルなどへの記述減少」(2025.8.13)
・alternaサイト記事「米「人権報告書」、人権侵害についての記述を大幅に削る」(2025.8.26)