じんけん放話15「お客様は神様ではない」
2023年3月、あるバス会社が地元新聞に意見広告を出した。タイトルは「その苦情、行き過ぎじゃありませんか?(カスタマー・ハラスメント)」。顧客の理不尽なクレームや過度な要求に対し、「弊社はご利用者様に安全な移動を提供するとともに、社員を守ることも大切だと思っています。お客様と社員は対等の立場であるべきで、お客様は神様ではありません。」と訴えた。この広告がSNSで紹介されると瞬く間に拡散し、12万件を超える「いいね」がついたという。
カスタマー・ハラスメント(カスハラ)とは、「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」を指す言葉である。UAゼンセンが組合員を対象に2017年に行った調査では、流通・サービス現場で働く人の7割強がカスハラを経験しており、そのうち約9割がこれによりストレスを感じているとの結果が公表され、問題の大きさや深刻さが話題となった。
カスハラに類する行為には、長時間拘束や同じ内容を繰り返すクレーム、名誉毀損・侮辱・ひどい暴言、著しく不当な要求(金品の要求、土下座の強要等)、脅迫、暴行・傷害などがあり、中には、傷害罪や暴行罪、脅迫罪、強要罪、侮辱罪、威力業務妨害罪、不退去罪など、さまざまな刑法犯の可能性のある行為も含まれる。
カスハラが労働者に与える被害も深刻だ。2020(令和2)年度に厚生労働省が行った職場のハラスメントに関する実態調査によると、カスハラを経験した労働者のうち、67.6%が「怒りや不満、不安などを感じた」、46.2%が「仕事に対する意欲が減退した」、13.8%が「眠れなくなった」、12.4%が「職場でのコミュニケーションが減った」と答えている。
近年では、厚生労働省が2022年に企業向けの対策マニュアルを作成し、任天堂、高島屋、JR西日本など、さまざまな企業が対策を始めた。また、東京都は今年秋の都議会でカスハラ防止条例の成立をめざしており、実現すれば全国初となる。
しかしながら、対策はまだ緒に就いたばかりだ。今年度のUAゼンセンの調査では、「あなたの企業で実施されている迷惑行為(カスハラ)への対策」について42.2%が「特に対策はなされていない」と回答しているが、これは4年前(2020年調査)の数字、43.4%とさほど変わっていない。職場のハラスメント研修にカスハラを加えることを提言し、対策の普及に寄与したい。