【調査研究:超高齢社会の人権尊重】山間に暮らす高齢者の移動手段と買い物事情
【1.調査にあたって】
日本は世界一の「超高齢社会」です。高齢化率(人口に占める65歳以上の高齢者の割合)は
2020年時点で約28%、つまり4人に1人以上は65歳以上の高齢者です。
私たちが暮らす鳥取県の高齢化率は約32%、特に山間部では50%を超える町もでてきました。
(地図上の紺色の町は高齢化率45%以上)
今、高齢者を取り巻く問題への関心は高まり、様々な対策がなされています。こういった
現状を踏まえ、当センターでは平成29年度に「超高齢社会の人権尊重」をテーマに調査研究を
行いました。一言で「超高齢社会の人権」と言っても様々なものがあります。「高齢者虐待の
問題」「認知症に対しての偏見」「独り暮らしの高齢者と地域の見守り」「高齢者と生きがい」
「高齢者と仕事」等、調査研究分野は多岐に渡りました。
そんな問題の一つに「交通インフラ」の問題があります。「移動の自由(利便性)をどう確
保するか」は、市街にある病院での診察やスーパーでの買い物等、健康維持や食料確保に直結
する問題であり「生存権」にも関わります。そこで、先の調査研究の成果に新たな情報を加え、
鳥取県の超高齢社会における交通インフラについて調べてみました。
【2.高齢者と交通インフラ】
平成26年度、鳥取県人権局が県民対象に行った「鳥取県人権意識調査」によると、「高齢
者の人権に関することで特に問題があると思うのはどのようなことですか?」という問いに、
「公共交通機関の運行が少なく、外出しづらい」ことが2番目に多く上がっています。
また、鳥取県暮らし支援課では平成28年に「山間集落実態調査」を行っています。この
調査は、「特に過疎化及び高齢化の進展が著しい山間地域の最奧部集落に居住する住民の日常
生活の状況等を把握し、中山間地域振興施策の検討を行うための基礎資料とする」ことを目的
としています。中山間地域は少子高齢化と人口の減少が著しく、農地荒廃や集落機能低下等の
様々な問題を抱えていることも少なくありません。
この調査の中に「あなたがこの集落に住み続けるために必要なもの(機能)は何ですか?」
という問いがあります (※調査は世帯単位) 。この問いに対する答の上位5つの中に、「送迎
サービス(学校・病院等、その他高齢者福祉施設など)」「コミュニティバスの運行・そのほか
交通支援サービス」「買い物支援(配達・地域商店の運営・移動販売・ガソリンスタンドなど)」
と交通事情に関するものが3つも入っており、山間地に暮らす住民にとって大きな問題である
ことが確認できます。
上のグラフは、上記と同じ「山間地集落実態調査」の問いの一つで、(各世帯の)運転免許
を保有している(家族)の年齢」を聞いたものです。山間地集落に暮らす人全体からいえば自家
用車を移動手段とする人がもっとも多いと推測されますが、「同居家族の中で運転免許を持っ
ている人が70歳以上の高齢者のみという世帯」の割合が約20%あります。今後、この世帯のド
ライバーが年齢や健康上の理由で運転免許を返納せざるを得なくなる状況を考えると、車の運
転ができない(しない)代わりに、通院や買い物のために町へ出かけられるよう十分な交通網と
移動手段を確保する必要があります。これらを考えると、地域の実情にあった交通網を確立す
ることは高齢者の生活の質(QOL)の向上、また人権保障につながる最重要課題の一つと言える
のではないでしょうか。
そんな中、鳥取県内でも山間地や過疎地における交通手段の確保や食料・生活用品の販売を
目的に、行政、NPOや社会福祉団体、企業等が様々な知恵を絞り課題に取り組んでいます。
【3. 中山間地での交通事情 取り組み事例】
高齢化率が高く谷筋がいくつも分かれている若桜町では、「特定非営利活動法人ワーカーズ
コープさんいんみらい」が委託を受け、若桜町全域を対象に「アシ楽号」を運行しています。
ダイヤを設定せず、利用者(観光目的等も含)からの連絡(デマンド)を受けて必要な時に送迎
を行っています。「人の車に乗せてもらうのは気を遣う」「周りも高齢なので頼める人がいな
い」「好きな時に好きな所へ行きたくても行けない」など高齢者の複雑な思いがある中、貴重
な交通手段となっています。(若桜町公共交通計画より)
八頭町では高齢者のタクシー利用に補助金を出すなど、高齢者が車を持たないでも生活でき
るよう交通体系の整備に取り組んでいます。運転手不足という課題もあり、地域の重要な交通
手段である路線バスについても企業(ボードリー/旧SBドライブ)と連携し、自動運転技術
によるバスの運行を目指しています。昨年度、JR郡家駅から大江の郷自然牧場までの約7キロ
区間でこの自動運転バスの実証実験が行われました。現在、八頭町を走っているバスと同じ
車両を使い、遠隔地でモニターを見ながら運行状況をチェック、途中、踏切や信号機がある中、
乗客の安全を最優先にしながら公道を走り抜けました。八頭町の田園風景と最新技術とが見事
にマッチングし、公共交通の展望を開きます。
また、智頭町では町内の各家庭に設置されている告知端末を利用した新たな共助交通シス
テムの構築に取り組み、令和4年からNPO等による運用を開始する予定です。自宅から共助交通
を予約できるようにし、住民同士の支え合いで目的地まで運送するシステムです。告知端末は
町内の9割以上の世帯に設置され、現在は災害情報や行政情報の伝達に活用されています。利用
者はボタン一つで有償運送の予約ができ、登録しているドライバーが自宅から目的地まで送り
ます。ドライバーは事前に登録された各地域の住民を想定しており、住民同士で支え合う交通
体制の構築を目指しています。
【4.移動販売による買物について】
次に買い物についてみてみましょう。先出の「山間集落実態調査」で「主な買い物先」を問
うたところ、「町内のスーパーや小売店」、次いで「町外のスーパーや小売店」との回答が多
く、自家用車や公共交通機関を利用して買い物に出かけているものと思われます。
全体の割合は少ないものの、食料や生活に必要なものを家の近くまで運んできてくれる「移
動販売」や「生協」のサービスを利用している世帯も一定数いることがわかります。
次の「移動販売車の利用頻度」をたずねる問いには、「週に1、2回程度利用する」との
声が多くなっています。
また、移動販売車が身近に来ない世帯に対して「今後、移動販売車を利用したいか」と問う
たところ、約45%の世帯が利用したいと答えています。
移動手段が限られた山間地に暮らす高齢者にとって、家の近くまで食料や生活用品を運ん
で来てくれる移動販売車の存在は、今以上に欠かせないものになっていくのではないでしょ
うか。
上の写真は、日野郡の山間部を巡る「ひまわり号」です。地域密着型のスーパー「あい
きょう(有限会社安達商事)」が、買い物に行きたくても行けない高齢者のために平成18年
から運行を始めました。江府町については、現在「スーパーえんちゃん(合同会社えんちゃん
)」が事業を引き継いで運行しています。今では、地域に暮らす人々にとってなくてはならな
い存在です。大・中のトラックには生鮮食品を運ぶ冷凍庫も備え、食料品や生活用品を積んで
集落から集落へと回ります。ときには、日野病院の看護師が移動販売に同行し、健康相談やア
ドバイス等を行うこともあります(看護の宅配便)。山間に暮らす高齢者の暮らしや健康を見守
りながら、「ひまわり号」は今日も中国山地の谷間を走り続けます。
この2020年9月上旬猛暑の中、私は鳥取市にある鮮魚海鮮問屋、井上勝義商店で行商をし
ている伊藤さん(下の写真)に同行取材をさせていただきました。伊藤さんは毎日、東部一円
の山間部に軽保冷車で行商に赴き、魚介類の販売をしています。お客さんの多くは高齢の女性
です。車を所有しておらず、かつ運転もできないという人も少なくありません。伊藤さんが佐
治町つく谷(つくだに)集落に到着すると各戸に有線放送で案内が流れ、それを聞いたお客さん
が集まってきます。口々に「よう来てごしなった。あんたが来てごされるけ~、魚が食べられ
るだで、ほんにありがたいわ。」と、まずは感謝の言葉が飛び出します。
私が、「買い物に行くのは、たいへんですか?」と一人の高齢女性に尋ねると、「わたし
ら~魚を買いに出ようと思ったら一日仕事だけーなー。バスに乗ってな~、いやいや、その前
にバスを待たな~いけんし、一本乗り遅れたらもうありゃせんで。帰りも、店の中で待つわけ
にはいかんし・・・外でバス待って、買い物袋の中から水がポタポタ落ちるし、重たいし、足
や腰は痛いし・・・、そりゃ大仕事だわ(笑)」と。この日は鰺一匹を購入、「今の季節、何が
うまいだ~な?」「とれるようになったら、赤エイ持ってきて~な、お兄ちゃん!」と、
伊藤さんとのおしゃべりも楽しみの一つのようです。
人権というと真っ先に差別の問題が頭に浮かぶかもしれません。しかし、日常の暮らしの
中には「見落としがちではあるけれど、さりげなく、かつ、どっしりと横たわっている人権問
題」も数多く潜んでいます。そこに暮らす人々や高齢者の目線を大切にしながら、知恵を絞り
工夫を重ね、皆で助け合う人権尊重社会を実現していきたいですね。