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【調査研究:対話による人権学習】対話 ― 出会い、そして、より深い学びのために

はじめに

 当センターでは、2018年度から2019年度にかけて「今後の部落問題学習をどう展開するか」をテーマに調査研究を行いました。調査の一環として、鳥取県内全市町村(19市町村)と4つの市町人権センターへのアンケート及び聞き取り調査を実施したところ、部落問題学習に関して次のような傾向があることがわかりました。

画像データ1

 

1.なぜ対話なのか ~調査研究「今後の部落問題学習をどう展開するか」より~

(1)語り合うはずが語り合いになっていない

 鳥取県内においては、小地域懇談会(県内ほぼ全域で実施されている集落単位を基本とした人権学習会。名称は地域によって異なる)のみならず様々な場所で部落問題について「語り合う」機会が設定されてきました。しかし、ふたを開けてみれば、「参加者の発言が少ない」「下を向き、発言することを暗に拒否している」「同じ人ばかりが話して、その人の講演会のようになっている」「司会者が困って一人で場をつないでいるか、特定の人にだけ話を振っている」等、語り合う場を設けているはずが、実は語り合いになっていないということが少なくないようです。

 また、語られた内容の多くが一般論や観念的な意見であり、個人の経験や実感に基づいた話や疑問、本音が出されなかったり(あるいは、出された本音が差別的であったり)、対立が起こらないことを願いながら、誰かが“いつものように”まとめたりして、「無事終了」という場合もあったのではないでしょうか。

 勿論、そのようなケースばかりではないと思いますが、数少なくなっている「語り合いの場」がそのようなことの繰り返しであれば、そこに学習の広がりや深まり、相互理解や差別の解消はあまり期待できません。そこで、語り合う学習をより良いものにするために、「対話」に注目しました。

 

(2)対話を生み出す「場」をつくるために

 調査研究の1つの成果として作成、発行した人権学習資料37「今後の部落問題学習をどう展開するか」では、対話について次のように記しています。

画像データ(対話とは)

 対話を生み出すためにどのようなことに留意する必要があるか。中島義道著『「思いやり」という暴力 哲学のない社会をつくるもの』の中にある『<対話>の基本原理』を参考に、次の通り大切にしたい点をまとめました。

画像データ(対話のために)

 また、人権学習の場において対話を生み出すためには、参加者に心得が必要であると共に(あるいはそれ以上に)、適切に進行出来る人の存在が重要です。「適切な進行」とはどのようなものか、そのために何が必要か、進行できる人をどのように養成、確保するか等、実践を重ねながら検討する必要があります。

 

2.対話による人権学習「ふらっとカフェ」

(1)哲学カフェを参考に

 対話型の人権学習を具体的にどう行えばよいか。調査研究を進める中で、私たちは「哲学カフェ」に出会いました。画像データ(哲学カフェ)

 2019年11月に、全国各地で哲学カフェを開催している任意団体「カフェフィロ」の山本代表を当センターにお招きし哲学カフェを体験しました。さらに、「哲学対話×人権教育の可能性について」をテーマにミニ講義をしていただき、哲学カフェのエッセンスを人権学習に活かすことはできないか、その可能性やリスク等について意見交換をしました。

 

(2)「ふらっとカフェ」誕生

 当センターでは、哲学カフェを参考に、対話型で進める人権学習を考案、「ふらっとカフェ」と名付けました。少人数で1つのテーマ(問い)についてゆっくりじっくり対話し、学びを深めていくことを目的としています。哲学カフェ同様、「知っていることを新たに知る」場ではなく、知っている(と思っている)ことや当たり前だと思っていることを改めて問い直す場、自分自身にどのような「前提」があるか、どのような価値観や考え方があるかを見つめ直す場です。とは言え、好きな飲み物を飲んだり、お菓子をつまんだりしながら、リラックスしてそこに居ることができる、安心して語り合うことができる、そのような場をめざします。 

画像データ(ふらっとカフェの大まかな流れ)

 2019年度は、部落問題学習に関する調査研究の一環として、計4回試験的に実施しました。テーマはいずれも「部落問題が『自分事』になるってどういうこと?」。調査研究での市町村等への聞き取り調査で、「(多くの住民は)部落問題は身近な問題ではなく他人事だと思っている」「結局、部落問題を自分事として捉えていない」といった意見が多数聞かれました。では、どうなれば部落問題を「自分事」として捉えていると言えるのか?自分は部落問題を自分事だと思っているのか?そもそも部落問題とは何なのか?等、改めて考える機会にしたいと思いました。

 

(3)成果と課題

 今年度は、当センターが研修依頼を受けたところを中心に、10月1日時点で計9回ふらっとカフェを実施しました(※1つの研修会で3会場に分かれて実施したものもある)。8回目までのテーマは「部落問題が『自分事』になるってどういうこと?」(※部落問題を同和問題としたところもある)、9回目は「差別とは何か?」というテーマで実施しました。これまでに感じた成果と課題をいくつか簡単にまとめます。

① 成果

〇 仕事で人権教育・啓発に取り組んでいる人にとっては、語り合うスタイルの学習の確保や活性化は積年の課題。ふらっとカフェが好事例の1つになったのではないか。また、参加者、特にこれまで熱心に学習に参加してきた人や被差別部落の人の中には、語り合うことの大切さを改めて実感した人もあり、これまでとは違ったスタイルの対話の場に可能性を感じる人や期待の声もあった。

〇 被差別部落の人や日頃から人権教育・啓発に取り組んでいる人が多く参加されたカフェでは、自らの体験や思いを切切と語る人、それを受けて共感する人、自問する人、質問する人、それを聴いて、語った当人がさらに思考を深めたり癒やされたりするといった場面が見られた。被差別部落の人にとっても部落問題を語り合う機会は減少している。安心できる場で語ることは、被差別マイノリティにとってケアやエンパワメントにもつながるのではないか。

② 課題

 〇 部落問題についてほとんど学習したことがない人、これまでの部落問題学習や同和対策、部落解放運動などに反発心や嫌悪感を抱いている人、無難な意見を述べるかあまり意見を述べない方が得策だと考えているように思える態度の人、そういった参加者がほとんどの会もあった。そのような場では、部落問題に対する「無知・無理解・無関心・無関係」そして、「部落問題をないことにしている」「ここに被差別部落の人はいないと思い込んでいる」人により、偏見に満ちた意見や差別的な考えが噴出した。「自分の体験や実感、価値観を基に語る」「対立を避けない」「納得したふりをしなくてもいい」といったことを大切にしなければと思う一方、出される「本音」や「質問」が非常に差別的であったり、進行役への物言いが終始攻撃的であったり、マイクロアグレッションが次々と繰り出されたりすると、どのように対応するのがよいか非常に困惑した。自治体や職場等で開催される研修のほとんどが単発であり、年に一度しか人権研修に参加しないという人(中には義務で参加している人もいる)が多い等、言わば「次がない」状況の時、進行役として時間内に何をすべきか、何ができるか、さらに、カフェのあり方(複数のバリエーションをつくることも含む)についても考える必要がある。

 〇 ふらっとカフェはあくまでも人権学習、人権啓発の場である。しかし、参加者とテーマによっては上記のような事態が起こってしまい、その場に被差別マイノリティがいる場合、精神的なダメージやリスクが非常に大きくなる恐れがある。安心や安全をどう考えるか、どうつくるか、十分検討していかなければならない。

 

(4)今後の展望

 前述のとおり、ふらっとカフェは対話型で進める人権学習、人権啓発の場です。それゆえ、進行役には人権や人権問題に関する知識が必要不可欠であり、誰もがおいそれとできるわけではありません。将来的に、ふらっとカフェの普及を視野に入れた場合、進行役の養成と確保について考えていく必要があります。

 また、フォーマルな研修だけでなく、インフォーマルな集まりでふらっとカフェを開催し、気軽でありながらも人権や人権問題について深く考えるような機会をつくっていければと思います。会議室や研修室ではなく、それこそカフェや野外でやるのも一興かもしれません。

 課題はありますが、試行錯誤を重ねながら、対話の力を信じて、ふらっとカフェを育てていきたいと思います。

画像データ(イラスト)  

 

 

 

 

 

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