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【調査研究:コロナ問題と人権尊重】「マスク」から考える人権啓発

はじめに(目的)

 以前、「コロナ禍の日常や社会の様子を後世に伝える」取組みが各地の博物館で進められているという記事を見つけました。北海道の博物館には、祭りの中止を伝えるチラシやテイクアウトのクーポン券、政府が配付した布マスクが並べられているようです(東京新聞2020年7月27日配信記事)。身近な生活用品一つ取り上げても、そこにはその時代の状況や価値観、生活様式等が垣間見えるものであり、今回の取組みも意義深いものとなりそうです。
 当センターでは、今年度から「新型コロナウイルス感染症問題」を調査研究しています。
本調査研究は、新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ。)の感染拡大の影響によって引き起こされた、あるいは露呈した、様々な人権問題等について情報収集し、問題を整理し、その成果を各種の啓発物や学習プログラム等、人権啓発に活かすことを目的としています。
 この間、新型コロナを巡る様々な情報を収集・整理する中で、今や多くの人にとって身近なものとなった「マスク」を巡る事柄にも注目していたところ、マスクは様々な人権問題や人権そのものを横断的に考えることのできる素材になると分かりました。そして、立場や年齢を越えて多くの人が共有できるもの(マスク)を出発点にすることで、様々な対象者に向けた人権啓発にも役立てられると考えました。
 そこで今回は、「『マスク』から考える人権啓発」と題して、「マスク」を巡って起きた様々な事柄を分析して明らかになった人権問題の一端を紹介します。その上で、この明らかになった人権問題を人権啓発の場面でどのように活かせるか、その方法を探ってみたいと思います。加えて、今回のテーマを深めるために本調査研究の担当者が取り組んできた作業内容について、その意義を交えながら報告します。マスクや新型コロナ問題に限らず、今後、様々な人権問題について調べるための方法の一つとして参考にしていただけると幸いです。

1 作業内容
 これまでに取組んだ作業内容は大きく以下の2つです。

 (1)  情報収集
     ←新型コロナを巡る「年表」づくり
 (2)  マスクを巡る事柄の全体像を整理・可視化
     ←「相関図」づくり

(1)情報収集~新型コロナを巡る「年表」づくり
 
まずは、新型コロナを巡る情報収集です。意識したのは、「縦軸」と「横軸」を意識した情報収集です。
 ここで言う「縦軸」は時間軸を意味します。ある特定の物事について「いつ起きたか」「どう変化したか」を把握する上で必要です。一方、「横軸」は社会的な範囲や情報主体を意味し、当初は以下の6つの軸を設定しました。
 ❶国外の公的組織(国連・WHO等の国際機関、各国・地域の政府等)からの発言・取組等
 ❷国外の民間団体・個人からの発言・取組等
 ❸国内民間団体からの発言・取組等
 ❹地方自治体からの発言・取組等
 ❺主に国内で話題になったこと(世相)
 ❻国からの発言・取組等
 横軸から情報を整理すると、ある物事が他の出来事に「どのような影響を受けたか/与えたか」と、情報間の関係性を把握することができます。加えて、例えば、国内政府のある見解について、「海外/自治体ではどうか」と、主体間の比較にも役立ちます。なお、途中から「国内感染者数」の項目も設定しました。感染者数の動向が、様々な発言・取組等に影響を与えることが分かったからです。
 以上のように設定した「新型コロナ年表」に情報を整理し、物事を立体的に把握することに努めました。下にあるのはその年表のイメージです。実際の年表には、11月26日時点で700以上の情報を掲載しています。
 
 そして、この年表からマスク関連を抜粋した年表も作成しました(11月26日時点で、76の情報を掲載)。

(2)マスクを巡る事柄の全体像を整理-「相関図」づくり-
 
前述(1)で収集した情報を基に、「新型コロナとマスクの相関図」を作成しました(下図を参照)。
                 
※無断使用を禁じます。

  図のように、「感染予防にマスク」と中心円に書き、そこから思い浮かぶ言葉(「(マスクの)需要増」「新しい生活様式」等)を書き出して線でつなぎ、書き出した言葉からさらに思い浮かぶ言葉を書いて線でつなぐことを繰り返します。途中、書き出した言葉の間に新たな関連が見つかればそれらを線でつなげます。
 相関図をつくることの良さは、作る人の持つ知識や問題意識により差異はあるものの、図の中央に書いた言葉(相関図のテーマ)を巡る全体像が掴みやすくなるところにあります。また、テーマに据えた事柄を深掘りすることで意識しなかった事柄が浮かび、その事柄の何が問題か具体的にみえてくることもあります。この相関図づくりは、人権啓発において学習プログラムや講演内容を練る際に行うと、様々な事柄の関係性を把握し、論点を明確にするのに役立ちます。

2 マスクを巡る人権問題と啓発ポイント ~平等性を巡る問題~
 
前述の相関図にある言葉を吟味して、そこから浮かび上がった人権問題を整理し、その上で今後の人権啓発への活かし方を探っていきます。
 今回は紙幅の関係から、相関図内の中央上にある赤色部分に関わる「マスクの優先配付を巡る問題」に絞って紹介します。

(問題の概要)
 
マスク不足が深刻化した3月から4月、国は、全国全ての世帯に布マスクを2枚ずつ配付する方針を決めましたが、それに先立ち、高齢者施設や障がい者施設、乳幼児が通う保育所等の「密」になりやすく利用者への感染が懸念される施設で働く職員向けにマスクを優先的に配付してきました。
 この動きの中で、ある自治体では、域内にある幼稚園や保育所等の職員にマスクを配付することを決めたのですが、朝鮮学校の幼稚部など一部の施設への配付を除外する方針をとりました(その後に撤回し送付。)。理由は、自治体の管轄外の施設であるため配付したマスクがどう使われるかを監査できないことや、備蓄マスクに限りがあるため管轄施設への配付を優先したというものです。

(問題はどこにあるか)
 
この事例は「誰もが平等に扱われているか」という平等権に関わる問題と考えます。つまり、多くの人に与えられるものが、一部の人(組織)に対してはその社会的属性や立場によって制限されることへの問題提起です。この事例の場合、そもそも施設等の職員にマスクの優先配付を決めたのは、そこに通う子どもたちに感染を広めないため、つまり、子どもたちの命を守るためです。この目的を考えると、通う施設の違いにより地域に暮らす子どもたちの扱いに差をつける、つまり、平等に扱わないという判断が適切だったのか考えていく必要があります。

 【問題を理解するための「人権の視点」】

 なお、「誰もが平等に扱われているか?」という「人権の視点」は、学生支援に関する次のような「取り扱いの違い」の是非を考えるのにも役立ちます。

3 人権啓発への活かし方-人権の視点から考える「モノサシ」として-
 
人権啓発の目的の一つは、対象者が人権への理解を深めることにあります。そう考えると、対象者自身が、ある問題を通じて学んだ「人権の視点」を、今後、様々な出来事の問題性を測る「人権のモノサシ」として活用できるようになることも大切です。
 前述の2事例に関連して言えば、「誰もが平等に扱われているか」という問いを「人権のモノサシ」として提案することです。
 今後、マスクを巡る様々な問題からさらにいくつかの人権の視点を見出し、人権のモノサシとして対象者に提供できれば、各自が日常的に様々な出来事を人権の視点から捉え、「なぜこのようなことが起きたのか」「他にも似たようなことはないか」と探りながら、自分なりの意見や考えを探究することもできるでしょう。「マスクから考える人権啓発」のめざす方向性の一つとして大切にしたいところです。

 なお、マスクを通して考えられる「人権の視点」は、次のような話題を探ることでも明確になるかもしれません。

おわりに

 以上、調査研究「新型コロナ問題」の一環として、「マスクから考える人権啓発」を考えるために、この間の取組みから明らかになったことをお伝えしました。
 マスク、又は新型コロナ問題という、多くの人が共有できるテーマだからこそ、今まであまり意識することのなかった人権の視点に気づき、そこから、他の人権問題を考えるきっかけが生まれると思います。
 同時に、今まさに現実に起きている新型コロナ問題を巡る人権問題の一つひとつが、自分自身、そして、自分たちの暮らす社会に突きつけられていることを見過ごしてはいけません。その意味でも、この間、そして今何が起きているのか、何が問題なのか、どのように考えていけばいいのか、今後の調査研究においても、丁寧に考え悩んでいきたいと思います。そして、その成果として作成した学習プログラムをもって、各種の人権研修等で参加者と一緒に考える経験を積み重ねていけることを願います。

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