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【調査研究:インターネットと人権】インターネット上での誹謗中傷等に対する取り組み~近年の動きから~

 インターネットは私たちの生活に根付き便利なツールとして多くの人に利用されています。その一方でインターネットを使った誹謗中傷等が大きな社会問題となっていますが、この問題にどのように対処するか、その取り組みを探ってみました。

【1 近年の事件から・・・】

 ① テレビ番組(ネット番組)での女子プロレスラー(22歳)自死事件 (令和2年5月)

 「恋愛リアリティショー」を謳ったバラエティ番組に出演していた若い女子プロレスラー木村花さんが、番組の中で男性出演者に対して厳しい態度や強い口調で接した場面が放映された。彼女や発言や態度に対し、この番組を見ていた複数の視聴者がネット上で「いつ死ぬの?」等の誹謗中傷を繰り返した。彼女は、これらの誹謗中傷に堪えきれず自ら若い命を絶った。

  ② 常磐道あおり運転犯の同乗者(いわゆるガラケー女)と間違われた女性に誹謗中傷が殺到
  した事件。

 あおり運転をしたドライバーの同乗者(携帯電話で写真を撮っていた女性)を特定しようとネットの中で犯人捜しが始まった。結果的にまったく関係のない人が名指しされ、名指しされた被害者のメールアドレスに他のネットユーザーからの誹謗中傷が殺到した。最初に名指しした人、またその情報の真偽を確かめもせず誹謗中傷を繰り返した他のネットユーザーともに告訴されている。

 ③ お笑いタレントのスマイリーキクチさんへの誹謗・中傷事件。

 30年以上前に起こった凶悪事件の「犯人である」などと、ネット上で名指しされたお笑いタレントのスマイリーキクチさんが、長年に渡ってネット上で犯人扱いされ誹謗・中傷され続けている事件。一度、情報がネット上に掲載されてしまうと、書き込みの削除を行ってもまた別のサイトに転載されるなど拡散を繰り返すため、完全消滅することはかなり難しい。完全には消せないものという意味で、デジタル・タトゥー(電子記録上の入れ墨)ともいわれる。

 また、これらの事件に追い打ちをかけるように、今年は新型コロナ感染者への誹謗中傷や、プライバシーの侵害等が日本各地で、また、鳥取県でも起こっています。

 ①に記した事件をきっかけに、インターネットへの書き込み等に関する法整備や対策について政府レベルでも検討が進められています。

 インターネット上の誹謗中傷に関する問題を理解する前提として、インターネット上で起こっているこれらの問題はインターネット空間だけで起きているわけではなく、現実社会でのやりとりや人間関係等と重層的に絡み合いながら起こっている場合もあることに留意する必要があります。

 

【2 インターネットの特徴】

 人権侵害がネットを介して行われるとき、現実社会で起こることと何がどのように違うのか、ネットユーザーの一人として「インターネットの特徴」を知っておく必要があります。

 インターネットの特徴と言われるものを下記に示しました。これら4つの特徴には、それぞれプラス面とマイナス面があり、ネットユーザーの使い方次第でその功罪は現れます。

  ※それぞれの特徴の上の段(青い文字)がプラス面、下の段が(赤い文字)が、マイナス面です。

 

【3 インターネット上に掲載される誹謗・中傷への対策】

 インターネット上の誹謗中傷等への対策として大きく4つのアプローチが考えられます。以下、この4つの点について記します。

 1つめは、「監視や取り締まりを強化」し、「法の整備を図る」ことです。明らかな人権侵害については、被害者の告訴を元に、現在も名誉毀損罪や侮辱罪、また不法行為に基づく損害賠償責任等が課されることはあります。ただ、「差別を助長するような抽象的発言」や「特定の人物を想起させないような内容で有害なもの」に対しては適用することはできません。

下記の【グラフ1】は、「誹謗中傷をした理由」に対するアンケートの結果です。選択肢の中には、「ストレスのはけ口」「かまってほしいから」「暇だから」「面白いから」等、身勝手な理由によるものもかなりの比率を占めています。自己中心で他者を尊重する意識が薄く、想像力に欠け、インターネットの特徴の一つである「匿名性」を悪用したものです。

【グラフ1】

 

 下記の【グラフ2】は、鳥取県が5年に1度程度行っている鳥取県民を対象とした「人権意識調査(3000人を対象 有効回答1298名)」の質問事項のうち、「インターネット上の人権侵害を解決するための必要な取り組み」を問うたものです。

 この質問への回答によると、「解決するための必要な取り組み」としてもっとも多いものは、「違法な情報発信に対する監視・取り締まりを強化する」となっています。また、上位3番目には、「インターネット上での人権侵害に対して措置ができるように法律を整備する」です。

 また、筆者が「インターネットと人権」をテーマに講演やワークショップを行う際に同じような質問を投げかけると、A・Cを支持する人はかなりの数にのぼります。さらに、「それは何故ですか?」と問いかけると、「教育や啓発だけでは、限界がある」「書き込みしている人は、誹謗中傷だと思っていない」「自分は絶対的に正しいと思っている」「匿名だと人は何でもできる」等、厳しい意見が出ることもしばしばです。

【グラフ2】

 

 身勝手で他者への人権尊重意識の低い人が一定数いるとすれば、「教育・啓発を進めていく」こととともに、「監視・取り締まりを強化する」「人権侵害に対しての措置ができるよう法律を整備する」等の方策に頼ることも必要であると考えます。

 和歌山県では、2020年の12月県議会で、「新型コロナウイルスに関する誹謗中傷を禁止する条例」案が可決されました。インターネット上で感染を言いふらしたり、名誉を傷つける投稿をしたりした人に対して削除を促すことや、プロバイダーに削除協力を求めることなどが盛り込まれた全国初の条例です。感染やその恐れがあること、店などが感染防止対策を取っていないことなどについて、それが事実かどうかにかかわらずネットや貼り紙などで誹謗中傷することや、公にされていない情報を本人の同意なく公表することを禁止しています。

 ところで、投稿による人権侵害への対応を定めた「プロバイダー責任制限法」はプロバイダー等の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示請求について定めた法律であり、削除を義務付ける法律ではありません。そのため、被害者側が投稿の削除を求めたのにインターネット事業者が応じない場合、まずは投稿者の特定につながる情報開示を求め、そこで開示されたIPアドレス(スマホやパソコンなど、ネットワーク上の機器に割り当てられるインターネット上の住所)を手掛かりに行為者を特定していかなければなりません。行為者の氏名をうまく特定できれば初めて訴える相手側として名指しできることになるのですが、この訴訟を起こすまでの過程ですら長く辛い道のりです。その上で、費用をかけて弁護士を雇い、裁判に向かうことができるのです。

 このような手続きの煩雑さが、無力感に打ちひしがれ諦めざるを得ない被害者を多く生みだしてきました。今年度開催されている総務省の有識者会議では、こうした裁判手続きの迅速化のため、投稿者の氏名を特定する情報として、従来のネット上のIPアドレスに加え、電話番号も開示するという方向性を打ち出しています。

 2つめとして、プラットフォーム事業者(情報通信技術やデータを活用して第三者にオンラインのサービスの場を提供している者)等が、利用規約等に基づいて、自ら適切な対策を講じることが求められます。書き込みを削除したり、表示の順位を下げたり、違法性が明確な内容の場合は投稿者のアカウントを凍結することも実際に行われています。

 従来から、麻薬の売買や詐欺に加担する案件、児童ポルノ所持等の法律に触れる行為、また、名誉毀損罪やヘイトスピーチ対策推進法等に抵触する誹謗中傷については、完全にとまではいかないまでも、事業者が削除したり、アカウントを凍結したりする等の措置がとられてきました。それでも、「有害な情報ではあるが違法とまでは言えない誹謗中傷」等の書き込みについては、表現の自由の観点や、「プロバイダー責任制限法」第4条(削除を義務付ける法律ではない)によって、削除されないままインターネット上に残り続けているものもありました。加えて、インターネットの特徴の一つである「拡散性」により、その内容は瞬時に他の利用者にも広がっていきます。このため、気に入らない人物や書き込みを不特定多数者が集中攻撃する行為も生じやすいと言え、その被害の大きさは計り知れません。

 近年、企業に対する評価の目は厳しくなっています。企業のコンプライアンスをより重視する社会の要請に応じて、プラットフォーム事業者自らが誹謗中傷等の人権侵害に対して厳しい姿勢を示す傾向が強まっています。表現の自由を確保しつつ、削除基準等をそれぞれのプラットフォームごとに規約として分かりやすく示すことで、企業姿勢を明確に打ち出す事業者も増えています。

 3つめとして、人工知能(AI)によるアルゴリズムを活用した技術が普及し進展してきたことで、AIを使った自動管理への取り組みも始まっています。例えば「特定の書き込みを排除する」「ユーザーの選択に応じたコンテンツのフィルタリング機能をつける」「表示順位や頻度抑制等を図る」「一定の短期間に大量の誹謗中傷が集まった場合に自動的に検知を行い、一時的に非表示にする」「ユーザーが投稿する直前に、その内容について再考・再検討を促す文言を表示する」なども検討され、実際に運用されはじめています。

 12月22日、ヤフーは、インターネット上の誹謗中傷投稿の抑止対策を改定し、削除対象を全ての投稿サイトに拡大する方針を決めた。人工知能(AI)を積極的に活用する。中傷の怖れがあり閲覧者が不快に感じる表現を禁止行為として具体的に例示。表現の自由に配慮し、公平で客観的な削除基準を策定、ルールを透明化する。ヤフーはAIで投稿を削除する機能の一部を他社に無償提供する方針を示し、業界全体で取り組む考えだ。    (令和2年12月23日 日本海新聞  リード文と本文の一部を紹介)

 そして、4つめです。ネット上の様々な誹謗中傷への防御策して、これまで「法の整備や規制」「プラットフォーム事業者の自主的な取り組み」「AI技術によるテクニカル機能の活用」等について述べてきました。しかし、このようなそれぞれの段階での対応は検討されたとしても、誹謗中傷等に関する人権侵害が根本的になくなるわけではありません。もっとも必要かつ効果的な防御策は、子どものときから教育や啓発活動を継続して行うことであると考えます。

 ネット上の誹謗中傷を後押しする背景の一つとして、ネット上に生み出される「閉鎖的な空間」の影響があります。ネットは、多種多様な人々と数多く自由に接点を持つことができる非常に優れたテクノロジーです。しかし、それと同時に「同じような感性をもった仲間」「同じ意見を持っている人たち」だけでグループを作ることも容易にできます。また、同じ掲示板上で同じように誹謗中傷を繰り返す人たちの間では、「煽り」や「承認」等、他者を攻撃することで一体性が醸成されていくという集団心理も加担して、他の考えや意見を排除したり、特定の人に対して誹謗中傷を繰り返したりすることに抵抗がなくなることも起こりやすくなります。その仮想空間の中での振る舞いが、個人の考えを歯止めの効かないものに発展させていく怖さを持っています。

 教育や啓発を続けることで、「他者に対する想像力」「多様性の尊重」「固定観念や偏見がどのように醸成されていくのか」「正義の濫用とはどういうことか」「人権尊重のコミュニケーションとはどういうものか」、そして「人権尊重の理念とその大切さ」等についてアップデートしながら、もう一度、自らに問うてみる必要があるでしょう。

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