【調査研究:偏見】バイアスに気づき、向き合うための考察
はじめに
妻とラーメン屋に行ったときの話。私はあっさり醤油ラーメン、妻はこってり味噌ラーメンを注文しました。出来上がったラーメンを運ぶ店員さん。すると、私の前にはこってり味噌ラーメン、妻の前にはあっさり醤油ラーメンが置かれます。苦笑いしながら器を交換し、おいしくいただきました。
後日、再びそのラーメン屋に行きました。2人とも前回と同じラーメンに加え、私はミニサラダ風ツナ丼を、妻はミニ焼き豚チャーシュー丼を頼みました。案の定、2人の注文したラーメンと丼ぶりは逆に置かれます。おどけた口調で妻が呟きます。
「ごめんなさい、肉食系で」
*鳥取県人権文化センターメルマガ第40号(2012年)「つれづれ日記」より一部抜粋・修正
店員さんの行為は偶然のことでしょうか。それとも、客の見た目の性別によって、料理をどこに置くか判断していたのでしょうか(男性は「こってり」、女性は「あっさり」)。後者であれば、そこには何らかの「バイアス(bias)」が働いていたのかもしれません。
本稿では、人の認知や判断、行動に影響を与えるバイアスに注目して、その特徴と問題を紹介します。そして、一人ひとりが自分の中にあるバイアスに気づき、それを適切に扱うために必要なこととは何かを考察していきます。
1 バイアスとは?
バイアスは「偏りを生じさせるもの」を意味します。特に人の認知や意識を取り扱う心理学の分野では、「人が抱きがちな思い込み」という意味で「認知バイアス」とも言われます(参考:「三省堂ウェブ編集部による言葉の壺」より)。人の思考や判断に偏りを生じさせる認知バイアス(以下、バイアス。)には様々な種類があり、236種類のバイアスを紹介しているサイトもあります。
「ステレオタイプ」もバイアスの一つです。ステレオタイプとは、性別や人種、職種、年齢など、特定の属性や一部の特性をもとに個人の特性を判断することです。その属性や成員に否定的な評価や感情を伴ったとき、「偏見」となります。
この間、東京五輪・パラリンピック組織委員会前会長が、会議の席で「女性がたくさん入っている会議は時間がかかる」「女性っていうのは競争意識が強い」という発言をし、「女性蔑視発言」として国内外で問題視されました。この発言は、文脈上、女性一般に対する否定的な評価・感情を孕んでいることから、偏見に基づく発言と解釈することもできます。そして、ステレオタイプや偏見に基づき、ある属性等の人のみに不利益な取り扱い(排除、制限、条件付け等)を行うと「差別」になります(例:女性は●●だからという偏見に基づき、女性を会議に呼ばない、発言の機会を制限する)。
2 バイアスに関する意識
日本労働組合総連合会は、昨年、「アンコンシャス・バイアス診断」という職場におけるバイアスに関するアンケート調査を実施し、結果を公表しています。なお、バイアスは本人の無意識に生じることが多いことから、今日、「アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み・偏見)」という言葉で提起されてきています。
当該調査は、20のアンコンシャス・バイアス(以下、バイアス。)を提示し、各々について思い当たるものにチェックする形をとっています。その結果、1つ以上チェックしている回答者の割合は95.5%、9割以上の人が日常や職場で何らかのバイアスを持っていることが明らかになりました(1人当たりの平均件数は5.7件)。下表に認識率の高い上位10を抜粋します。
表をみると、❶❸❺❻❽のように、ジェンダーを巡るバイアスが上位に挙がります。この内❸は、特に男性側のバイアスが根強いようです(男性:56.6%、女性32.5%)。
今日、職場のハラスメントへの対応が各事業主に求められている中、セクシュアルハラスメントが発生する背景には、性別役割分担意識や性別による個人の性格や能力の評価・決めつけ等の意識があることが指摘されており、この結果にも注意してみる必要があります。
3 人権侵害につながる可能性のあるバイアスの例
ここでは、他者への偏見、差別、ハラスメント(人権侵害)につながる可能性があると筆者が考えるバイアスの形態を4つ紹介します。
(1)バイアスの具体例
❶ 失敗の原因を自分以外に求めがち
(自己奉仕バイアス)
・成功は自分のおかげで失敗は人や周りの環境のせいにし、自分には非がないと思い込む傾向。成功のときは「自分が頑張ったから」と捉えるが、失敗は自分ではどうすることもできない外的要因(周囲の人や環境、時代のせい)に求めることで、自分への非難を避けようとする。
参考:猫しな。「【責任転嫁の原因】自己奉仕バイアスの具体例と対策」記事
TOPIC:「(不織布)マスク警察」と問題を「外的要因」求めがちな人との関連
■新型コロナの影響により、マスクの非着用者を一方的に非難する「マスク警察」が問題になりました。近頃は、飛沫を防止する機能が低いとされるウレタンマスクの着用者を非難する「不織布マスク警察」も話題になりました。
■マスク警察になりやすい傾向として、リスク認知が高く(感染を脅威と捉え)、問題の原因を環境や他人等の外的要因に求め、自分が行動することでその問題を解消できると認識している人という考察もあります。
←「マスクをしない人のせいでコロナが蔓延する」と捉え、相手を変えようと行動する。
参考:原田隆之「ウレタンマスクを注意する「不織布マスク警察」が話題 その心理と対処の仕方は?」YAHOOニュース記事 2021年2月2日配信
❷ 自分の都合のいい情報だけを集めがち
確証バイアス
・自分にとって都合の良い情報や自分の考えを裏付ける情報のみを集め、それに反する情報を探そうとしない傾向。そうすると、ますます「自分(の考え)は正しい」と確信し、異なる意見を受け入れにくくなり、根拠なく反対意見をはねつけてしまうことも。
→自分の中の「ステレオタイプ」も強化される。
❸ 「それは自業自得だよ!」と思いがち
公正世界仮説
・この世界は、安定して秩序のある公正なものだ」と考え、人はその行いに応じた報いがあると信じること。
「良いことは良い人に、悪いことは悪い人に起こる。」
「頑張った人は報われ、頑張らなかった人は痛い目にあう。」
「悪いことをしたら、必ず罰せられる。」
・「公正世界仮説」を信じることで、日々の行動は報われると思えるようになり、精神的に安心できる。将来の目標を立て、その目標を達成するために、日々の小さな努力を重ねることもできる。
・一方、安定や秩序を脅かす想定外の出来事が起きたとき、自分の中の「公正世界仮説」を維持するために、被害者の行いに問題があったと捉え、他の様々な要因を考える事なく、被害者を責めがちになる。 ←被害者非難
参考:日本心理学会 心理学ミュージアム「人はなぜ被害者を責めるのか?(公正世界仮説がもたらすもの)http://psychmuseumu.jp/
TOPIC:コロナ感染者バッシングの背景にある「自己責任論」
■大阪大学が行った国際比較では、「コロナに感染する人は自業自得」と考える人の割合が日本は対象5カ国中トップの11.5%で、中国(4.83%)、イタリア(2.51%)、英国(1.49%)、米国(1.0%)と比べ高い割合となっています。「公正世界仮説」が影響しているかどうか定かではないものの、日本では、他の対象国と比べ、問題が起きたとき、個人に責任を負わせようとする心理的傾向が高いようです。
参考:THE PAGE「コロナ感染は自業自得」と考える人の割合が突出して高い日本 コロナ対策にはマイナスか」YAHOOニュース記事 2020年8月18日配信
❹ 自分の属していない集団(属性)の人をひとくくりに捉えがち
外集団同質性バイアス
・自分が属する集団(属性)には多様性があると考える一方、自分が属していない集団はみな似通っている(同じ)ように考える傾向のこと。外集団の人のことは大ざっぱにしか見ようとしないこと。
例)男性が、「女性はたいていこのような性格だ」と捉えること
・このバイアスでステレオタイプ等が強化されることで、性差別(性的指向や性自認に関わるものを含む)や人種差別、年齢差別、障がい者差別等が起きるとの指摘もある。
参考: ゆきちゃんブログ 記事「外集団均質化効果の原因と影響。ステレオタイプの解消に向けて」2019年11月19日配信
4 バイアスが起きる要因
バイアスが生じる要因を個人の心理的傾向に注目すると、たとえば次の2つの要因が考えられます。
(1)思考/判断の簡略化
私たちは毎日様々な判断(決断)をしながら生活しています。目覚まし時計を切る、歯磨きをする、顔を洗う、職場に行く前に洗濯物を取り込んでおく、職場に着いて最初に○○をする、・・・本稿をいつ、どの程度読み、その内容を誰に伝えるか・・・。一説には、1日に約9000回の決断をしているとも言われます。また、1つ1つの決断をするたびに、脳には「決断疲れ」という精神的疲労が蓄積されるとの指摘もあります(STUDY HACKER 2017年1月27日配信記事)。一つひとつの判断に頭を悩ませたり、なかなか答えが出ないことを悩み続けたりするのは大変です。そのため、限られた情報やこれまでの経験を基に物事を単純に捉え、判断しようとします。
(2)精神的安定、自尊心の防衛
人は、多かれ少なかれ「自分は正しい」「自分は悪くない」「自分のことを良く見せたい」という心理があるため、自分の信じる考えと実際に起きている事実が矛盾すると不快感を持つことがあります(認知的不協和)。また、ある問題が起きたとき、それについて自分の非を認めてしまうと、責任を追求され、周囲への自分の評価が下がった気がしてつらくなります。人は、そうした状況を避けるために、自分の都合の良いように物事を解釈しがちになります。
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(1)(2)は、いずれも自分を守るための防衛心からくるもので、それ自体が悪いわけではありません。問題になるのは、バイアスに基づいた自分の考えや価値観を一方的に正しいと決めつけ、また、他者に押しつけるときです。自己防衛のために生じたバイアスが、誰かの人格や尊厳をいたずらに傷つけ、差別や排除につながることのないよう、自分の中のバイアスと向き合い、「上手に付き合っていく」ことが重要です。
5 自分の中にあるバイアスと向き合うために
バイアスは、たいてい無意識に生じるため、悪気なくとった自分の言動を他者から指摘されても納得しにくいものです。そこで、自分の中にあるバイアスと向き合うために意識しておくポイントを、下表に提案します。
【 ポイント 】
❶ 今回取り上げたバイアスを含め、様々なバイアスについて学ぶ。
❷ 学んだバイアスが自分にないか点検する。
❸ バイアスを一切持たないことは不可能だと覚悟する。
➤「バイアスがあっても、他者の考えや感じ方を大切にする」という意識へ
❹ 他者から指摘されたらすぐさま反論せず、相手の発言をしっかり聴く。誤りだと気づいたら素直に認める。
なお、❹に「指摘されたら・・・」としましたが、お互いの立場や状況により、直接言葉で指摘されることは少ないかもしれません。そのため、相手の表情や態度、反応などの非言語のメッセージに注目し、気になることがあれば尋ねて相手の話を聴くことも必要です。
他者から指摘等をされると、自分の非を認めたくない意識から、前述した「自己奉仕バイアス」や「確証バイアス」等が働き、相手の反応を否定しがちです。しかし、そこで「正当化」することにこだわるより、自分の人間としての幅を広げ、社会や他者をより適切に理解するためのチャンスが来たと考えてみましょう。「指摘」は学び・成長のチャンスです。
6 今後の課題
本稿では、バイアスによる問題をなくす方法として「自分の意識を見直す」視点から提案しました。しかしバイアスは、その人が生きる社会・集団の価値観や規範意識からも大きく影響をうけており、個人の心がけでは限界があります。
これに対し、いくつかの書籍等には「本人の意識を見直す」とは別のアプローチが提起されています。たとえば、1)バイアス等に基づいた言動(差別等)を受けた本人や本人の「味方になる人」が言動者に向けてできる行動を提起するもの、2)そもそも、バイアス(偏見)等の意識を変えることをめざすより、そうした意識が問題を生まない「しくみ」を考えることをめざすものです。なお、「しくみ」づくりの例としては、オーケストラ楽団員の採用試験を、受験者の性別や人種がわからないよう工夫した「ブラインドオーディション」で行うなどが考えられます。
今後は、バイアスによる(人権)問題を解消するための方法について、「本人の意識づくり」を含めた複数のアプローチを検討し提案したいと考えます。
今後の調査研究の進捗を見守りください。
★バイアスについて、動画で紹介しています ↓