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【調査研究:災害と人権】福祉避難所を知っていますか?

1.誰にとっても安全・安心の社会

 「災害列島」と言われる日本では、各地で地震や津波が発生、また梅雨の時期や台風シーズンには豪雨による河川の氾濫や土砂崩れ等の災害が頻繁に起こっています。あいつぐ災害の経験をとおして防災に関する意識は年々高まり、国、行政、地域住民、個人それぞれのレベルで、自主防災会の設立や避難計画、避難所運営等の具体的な取り組みが行われています。

 災害規模が想定を越え、予測のつかない事態に陥ることもしばしばですが、被害を最小限に抑えられるよう体制を整え、皆が適切な行動をとれるよう話し合い、訓練していかなければなりません。災害時における適切な措置と行動に関する情報を社会全体で共有し、それにかなった行動を実際にできることが必要です。

 災害について考える時、防災・減災の観点で捉えることはもちろん、人権保障・人権尊重という観点で捉えることも重要です。「安全・安心」という視点のみでなく、「誰にとっても安心・安全」という視点です。人権はすべての人に平等に与えられた権利です。

 ところで、皆さんは「福祉避難所」についてどの程度知っていますか?「福祉避難所」は、高齢者や障がいのある人、妊婦や乳幼児等の要配慮者が、災害時であっても「安全・安心」に過ごせるようサポートをするために開設されます。誰一人取り残さないという理念を実現するための具体的な取り組みの一つでもあります。

 

2.災害時の高齢者・障がい者の死亡率は高い

 災害にあたって避難する時や避難所での暮らし、またその後の復興への取り組みの過程(仮設住宅での暮らし等)で被災の影響を強く受けるのは、高齢者や障がいのある人等、要支援者と呼ばれる人たちです。高齢者や障がいのある人の中には、適切に判断し、素早く避難することが難しい人も多く、また、一人では避難することができない人もいます。

 警察庁の発表によると、東日本大震災で亡くなった人の56.5%が65歳以上の高齢者です。
(亡くなった人15,772人(身元確認者)/うち65歳以上8,906人 2020年3月6日時点)
 また、NHKの調べによると、亡くなった人の割合は全住民の0.78%ですが、障がい者では1.43%となっています。

 このように、高齢者と障がいのある人の死亡率は全体の死亡率に比べて随分大きくなっており、こうした事実は私たち一人ひとりの「命の価値」に格差が生じていることを示していると言えるのではないでしょうか。

 

3.「福祉避難所」の設置目的

 高齢者や障がいのある人の中には、「災害時避難行動要支援者」あるいは「要支援者」と認定される人もおり、避難時やその後の避難生活を通じて様々なサポートが必要です。 

 問題となるのは、【2】で示したように、「亡くなった人の割合が高い」ということだけではありません。無事に避難所に避難できたとしても、そこが高齢者や障がいのある人にとって日常生活とかけ離れた耐えがたい環境であったとしたら、安心して過ごすことはできません。多くの住民が避難する一般の指定避難所では十分なケアができないことも多く、このような問題に対応するため、福祉避難所というものが指定されるようになりました。

 福祉避難所は、災害対策基本法に基づいて設置されており、災害対策基本法施行規則では、以下のように規定されています。

 「福祉避難所」は、主として高齢者、障害者、乳幼児その他の特に配慮を要する者(要配慮者)を滞在させることが想定されるものにあっては、要配慮者の円滑な利用の確保、要配慮者が相談し、又は助言その他の支援を受けることができる体制の整備その他の要配慮者の良好な生活環境の確保に資する事項について内閣府令で定める基準に適合するものであること。

 福祉避難所となる場所は、バリアフリー化された老人福祉施設や障がい者施設等が多く、事前に市町村がその施設と協定を結び、発災時に開設されます。

 平成28年に内閣府が発行した『福祉避難所の確保・運営ガイドライン(内閣府防災担当)』では、福祉避難所はあくまで「二次的なもの」と位置づけられており、実際の避難にあたっては、高齢者も障がいのある人もともに、まずは一般の指定避難所に避難することになっています。そこで保健師などが健康状態を見極めた後、福祉避難所でのケアが必要と判断された人のみが福祉避難所に移動することになります。
 平時から多くの利用者を抱えて福祉施設等として機能しているところに行き過ぎた負担が加わることのないよう、福祉避難所には真に必要性の高い人のみが避難できるようにしているのです。『必要な人に必要なサービスを』の理念で福祉避難所は運営され、「利用したい人は、誰でも利用できる。」というものではありません。

 

4.なかなかすすまない福祉避難所の指定とその問題点

 福祉避難所の必要性は理解されていたものの、その指定は思うように進んでいませんでした。指定が進まなかった背景には次のような問題があると指摘されています。

《要配慮者以外の人の殺到》

 2016年の熊本地震や2019年の台風19号などの際に、福祉避難所をめぐりある問題が発生しました。福祉避難所の受入対象者として想定していなかった一般の人が、災害発生当初から次々と福祉避難所に避難してきたのです。「避難所と名前がついているのだから、避難していいと思った。」「近いところにあったから。」「福祉避難所の方が手厚く面倒を看てもらえるから。」等の理由ではないかと推測されます。

 災害は誰にとっても緊急事態です。ケガや病気などの危険をともない、時に命まで奪われることさえあります。このことから、より設備が充実した福祉避難所の方が安心なので避難したいという気持ちはわからないでもありません。しかし、福祉避難所は、本来、要支援者のために開設されるものであり、また、通常業務を行っている施設が市町村と協定を結ぶことで、発災時にその施設を福祉避難所として開設されるものがほとんどです。ここに配慮を要しない一般の人が避難してきたのでは、備蓄品や人員が足りなくなり、とても対応することができません。『必要な人に必要なサービスを』という、福祉避難所がもつ本来の目的が達成できなくなってしまいます。

 福祉避難所の利用対象でない住民が避難してくることを懸念し、どこが福祉避難所であるかを公開しない自治体も少なくありませんでした。

《利用すべき対象者にその存在が十分に知られていない》

 横浜市が市民1万人を対象に行った「避難場所」に関するアンケート(2019.1実施)の中に、「福祉避難所」について尋ねたものがあります。福祉避難所の「意味も場所も分かる」と答えた人はわずか5.6%でした。10代~30代では、「意味も場所もわからない」と答えた人がそれぞれ7割を超えており、特に若い世代の認知度はとても低いことがわかりました。
 これは全国調査ではありませんが、福祉避難所の場所を公表している横浜市でもこの認知度であることを考えると、国全体からみても「福祉避難所」はあまり知られていないと思われます。

 「福祉避難所」に指定しているにもかかわらず、想定外の住民が避難してくることを恐れて公表しないというやり方は別の問題を引き起こします。本来、福祉避難所を利用できるはずの要支援者の中にも、福祉避難所の存在を知らない人は少なくないのです。そのため、被災した時に「避難するかどうか躊躇した。」「自宅に残ることを決断した。」という人もあります。それは、一般の避難所での避難生活を思い描くと、「自分が周囲に迷惑をかけてしまうのではないか。」「とてもそこで生活をしていける自信はない。」といった心配から、やむを得ずとった苦悩の選択であったかと思います。

 

5.福祉避難所について知ろう

 上記4のような問題が起こらないようにするためには、受入対象者ばかりでなく、誰もが福祉避難所の意義や目的を知るとともに、人権の視点である「誰にとっても・すべての人の(安全・安心)」の意味について社会全体で深く共有しておく必要があります。

 「福祉避難所」の設置は、【1】で述べたように、人権保障・人権尊重の視点を大切にし、これを実現するための具体的な取り組みの一つともいえます。
 設備や人員等の理由で一般の避難所では必要な対応ができない高齢者や障がいのある要配慮者のために福祉避難所は開設されるものです。そのため、福祉避難所にはその機能を果たすのに必要な物資や器材、また支援人材の確保が求められています。

《物資・器材の確保》

 福祉避難所に指定される施設は、日頃から高齢者福祉施設、障害者福祉施設等として利用されていることが多く、これらの施設には、バリアフリーの環境のもと、介護ベッドや車椅子、携帯トイレや、補聴器、酸素ボンベ等介護や生活に必要なものが備えられています。また、市町村は、災害時において必要とする物資・器材を速やかに確保できるよう施設側と連携を図ることとなっています。

《支援人材の確保》

 また、市町村は、専門的な人材を確保するため支援の要請先のリストを整備するとともに、関係団体・事業所と協定を結んでいます。専門的人材とは、自治体間の相互応援協定による派遣職員や、栄養士・保健師・理学療法士、作業療法士、手話通訳者等です。また、医師や看護師等の医療関係者や、社会福祉士や精神保健福祉士等の専門職種については、都道府県と連携し、適切に活用し対応することも進められています。

 

6.福祉避難の確保・運営ガイドライン(内閣府防災担当課)の改定

 【4】であげたような問題が各所から指摘されたことを受け、「福祉避難所の確保・運営ガイドライン」の改定が令和3年5月に行われました。

 【4】に関わる改正点として、「避難所について、福祉避難所と一般避難所と分けて指定し、かつ、福祉避難所の受入対象者を事前に特定、特定された要配慮者やその家族のみが避難する施設であることを指定の際に公示できる仕組みにすること。」、また、「地区防災計画や個別避難計画等の作成プロセス等を通じて、要配慮者の意向や地域の実情を踏まえつつ、事前に福祉避難所ごとに受け入れ対象者の調整等を行い、福祉避難所への直接の避難を促進すること。」としています。

 これで、要配慮者が日頃から利用している福祉施設へ直接避難することもできます。

 これらのガイドラインの改定により、利用すべき人が適切に利用できる福祉避難所としての本来の機能が発揮され、利用者にとってはより安全で安心できる場所の確保が進むことを期待します。また、利用対象者ばかりでなく一般住民も、こういった福祉避難所を巡る問題点や改正点、実情を知っておくことは、福祉避難所の運営を円滑にすることにつながります。

 

7.要配慮者と人権

 福祉避難所は、誰でも利用できるというものではなく、必要な人のために開設されるものであり、人権保障の一環ともいえるものです。

 地域の人権意識を高め、人権尊重の地域づくりを進めるにあたって、地域住民全体、社会全体で、普段から知っておくべき大切なことがあります。
 ● 私たちの地域社会には、高齢者や多種多様な障がいのある人、妊婦や乳幼児等、配慮を
  要する人が暮らしていること。
 ● 災害時には、福祉的見知をもって運営される福祉避難所は必要不可欠なものであること。
 ●「人権」はすべての人に与えられた権利であり、要配慮者は、社会制度の下、福祉避難所を
  適切に利用できる権利があり、 そこは、要配慮者とその家族の専用スペースであること。
 ● 一般の人は利用できないこと。
 ● 福祉避難所の開設は、安全・安心に対してそれぞれのニーズに合わせたサポートであり、
  要配慮者の人権保障を実現していること。

 日常であれ、災害時であれ、防災意識を高め、防災対策を講じるとともに、人間の尊厳や命の価値等についての「平等」意識を社会全体で育んでいくことで、それが災害時の行動等にも反映され、福祉避難所の運営もより適切な方向へと進めることができるのではないでしょうか。

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