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【調査研究:バイアス】人権啓発関係者とバイアス

1 はじめに
 近年、人権啓発【註1】の中で、「バイアス(bias)」について取り上げる機会が増えてきました。
 バイアスとは、人の思考や判断に偏りや歪み(思い込み)をもたらす、誰もが持つ心の仕組みです。バイアスに無自覚でいると、無意識の内に他者に偏見意識を抱いたり、他者の感じ方や思い、抱えている事情、人格や存在そのものを軽んじたりするような言動につながることもあります。自分の中にあるバイアスに気づき、偏見や差別につなげないための適切な扱い方を伝えることが人権啓発においても大切にされています【註2】。
 しかし、そうした啓発を担う人自身もバイアスを持っており、それに無自覚のままでは効果的な人権啓発の妨げになると考えます。
 そこで今回は、広く人権啓発に関わる立場の人(以下、「啓発関係者」とする。)がついつい「しがち」「思い込みがち」なことをバイアス等の心理的視点から整理し、それが啓発にどのような影響を与える可能性があるか、考察していきます。

2 啓発関係者が「しがち」「思い込みがち」なこと -バイアスの視点からの考察-
 ここでは、筆者も含めた啓発関係者がついつい「しがち」で「思い込みがち」と考えられることの一部を紹介し、それが起きる要因をバイアス等の視点から整理します。なお今回は、人権研修会(学習会)の講師を中心に取り上げます。

(1)参加者の『分からなさ』に気づけない
 まず、研修講師の中には、自分が持っている知識と情報を基準にして、「相手もこれくらいのことは知っているはず」と判断し、話し続ける様子が見受けられる人もいます。その一方で、研修参加者の中には、話題の前提となる用語の意味や話自体が分からず、置いてきぼりになる人も。
 このような場合、講師の中に「知識の呪い(Curse of knowledge)」というバイアスが生じているかもしれません。「知識の呪い」とは、自分が知っていることほど、それを知らない人の立場になって考える事が難しくなるというバイアスです。
 人は、ある分野(例:人権)に関する知識を身につけていく過程で、一つだけ失ってしまうものがあります。それは、その分野のことを知らなかったときの感覚や感じ方です【註3】。

 「分からない」ことが一部分であれば、参加者は文脈から理解することもできるし、後で調べてみることも、講師に直接質問をしてみることもできます。ただ、研修全体に「分からなさ」や「ついていけなさ」を感じると、よほどの学ぶ動機がない限り、講師に質問しようとする気持ちも後で調べてみようという気持ちも起きません。また、分からないことを気軽に尋ねられる「オープンさ」が研修の場にない場合、分からないと表明することは時に勇気が必要です。
 「誰にでも分かる、易しい内容」を心がけるというよりも、研修テーマに関する参加者の知識や意識、状況をふまえて講演内容を構成し、言葉を選ぶことが大切です。「熟達者(ベテラン)」を自認する講師ほど気をつけておきたいものです。

(2)自分の非(責任)を認めたくない
 研修後の参加者アンケート等で、「難しい言葉が多く、内容についていけなかった」「もっと説明がほしかった」といった意見が出されたとき、講師の心情はどのようなものでしょうか。特に「うまくいった」と自己評価する研修ほど、こういった意見が寄せられると、戸惑ったり、いやな気分になったりすることも。
 このように、自分の認識や信念と実際に起きた事実の間に矛盾が生じると不快感を抱いてしまう心理を「認知的不協和(cognitive dissonance)」と言います。そうした不快な気持ちを解消するために、講師としては「事実(参加者の意見)」を真摯に受け止めて、自分の講演はこれでよいというこれまでの認識や信念を改め、さらに工夫と努力を重ねていきたいものです。これとは反対に、自分の認識や信念を反省せず、事実を無視したり軽んじたりすることで不快感を解消してしまわないためには、次のようなバイアスにも注意が必要です【註4】。

 結果をもたらす要因・遠因は様々です。個人(講師、研修担当者、参加者等)の側にもあれば、他者との関係や周囲の環境・状況の中にもあります。
とはいえ、講師自身が自分の側にある責任を認めて努力したり今までの考え方を見直そうとせず、上のイラストのように、事実を軽視したり他責的な考え方に終始しては、本質的な問題解決には至りません。講師の側でできること、周囲や関係者に協力を求めながらできること等は何かを考え、今後の改善につなげることが大切です。

(3)「あの人は要注意」と決めつける
 参加者が固定化している研修や見知った人が多い研修では、参加者の実態を踏まえた研修内容を考えやすいという良さがあります。その反面、参加者のことを知っているためにバイアスが生じ、特定の参加者に対する態度や対応等に悪影響を及ぼすことがあります。
 例えば、ある研修で参加者のAさんが研修内容を強く批判したとします。そんなAさんが今回の研修にも参加すると分かったとき、「またAさんから色々と言われると研修に支障が出るから、当たり障りのないまとめ方にしておこう。いっそ、参加者から意見を出してもらう機会をつくるのはよそう。」と思うことはありませんか。また、研修当日にはAさんの方を極力見ないようにしたり、Aさんから質問を受けたとき、露骨に身構える態度を取ったりすることも。
 このような講師の反応は、Aさんに対する「先入観」【註5】からくるものと思いますが、より具体的には、「一貫性バイアス(consistency bias)」の影響も考えられます。「一貫性バイアス」とは、人の行動や言動に一貫性があると思い込んでしまうことです。このバイアスに囚われると、相手の現在の言動をみただけで「過去にもそうしてきたのだろう」「今後もそうするのだろう」と勝手に過去や未来に一貫性を持たせて認識したり、過去の態度や行動から形成されるイメージのまま、「今、ここにいる」相手を評価したりしがちです【註6】。

 人権研修では、その場にいる誰もが安全・安心な環境で、人権についてじっくり学ぶことのできる機会を提供することが大切にされます。そのため、研修担当者や講師は研修の妨げになる可能性のある要因を事前準備の段階やその場で察知し、その都度適切に対応して参加者一人ひとりの学ぶ権利を保障することが求められます。

ただし、特定の参加者の「過去の言動」に懸念を抱いていたとしても、その人が今回も同じような考え方とは限りません。人は変化する存在です。時間を経て、過去の態度や考え方・価値観に変化が起きていることもあります。

 たとえ些細な変化であっても見逃さず、「今、ここにいる」参加者の様子に関心を向けてみましょう。それをせず、先入観や一貫性バイアスに囚われた対応をとることは、他の参加者だけでなく、Aさん自身の学びの機会も奪いかねません。
加えて、特定の参加者の言動が「問題だ」「研修の妨げになる」と考える講師や研修担当者の認識が、本当に正しいのかどうか (仮に問題だとしても、それは態度や言い方のことか、発言内容だとすれば具体的にどの部分かなど)を吟味する必要があります。態度は攻撃的・威圧的でも、その発言を掘り下げて問い直していくと思いがけない学びの機会があるかもしれません。

(4)「ここに『当事者』はいない」と思い込む
日頃の研修参加者を思い浮かべてみてください。
広く住民や市民を対象とした研修会等には、性別や性のあり方、国籍やルーツ、職業(雇用形態)、年齢、障がい、経済状況等、多様な状態・状況にある参加者がいると考えられます。そして、参加対象者が限定される研修会(例:職場研修)にも、様々な状況や状態を抱えた方が参加しています。中には、研修テーマに深く関わる人権問題に直面している「当事者【註7】」もいるでしょう。
それなのに、講師や研修担当者が自分の見知った情報をもとに「参加者の中には、今回話すテーマの『当事者』はいないだろう。」と思い込むと、「『当事者』はいない」ことを前提としたメッセージを参加者に伝えることになります。「この社会には、こうした人権問題で苦しんでいる人もいます。ぜひ、そうした問題に悩んでいる人々に寄り添ってあげましょう。」といったように。
「『当事者』はいない」ことを前提とした進め方や態度・メッセージは、その人権問題に直面し悩み苦しんでいる参加者(「当事者」)にどう受け止められるでしょうか。講師の話にどこかそらぞらしさを感じ、所在ない、白けた、冷めた様子でみているのかもしれません。また、自分のような経験をしている人が「いないこと」にされる疎外感や孤立感、落胆・失望、参加者を表面的にしか捉えていない講師等への不信感、悲しさ、諦め、自分がここにいても良いのだろうかという気まずさや不安を感じたという話を「当事者」から聴くことがあります。

 このように「『当事者』はいない」と判断してしまうのは、例えば次のような参加者に対するバイアスの影響もあるのかもしれません。

 とはいえ、参加者理解のため、安易に「当時者」がいるかどうか詮索するのも問題です。自分のことについて語るか否か、また、誰にどのようなタイミングで、どこまで語るかは本人の自由です。大切なのは、上記のようなバイアスに囚われず、「今、ここにいる」参加者の様々な背景や状況・状態に思いを巡らす想像力です。

まとめ 効果的な人権啓発に必要なバイアスの視点
 以上、人権研修における講師等の態度や言動をバイアスの視点から考察しました。
 研修参加者は、講師等の様子をよくみています。参加者の理解度や認識度に無配慮なまま進行する講師。自分の非や責任と向き合おうとしない講師。特定の参加者にだけ過剰な態度をとる講師。その一方で、参加者を十把一絡げに捉える講師・・・。このような講師が行う人権啓発にどれほどの納得や共感・信頼が得られるでしょうか。また、そのような講師の態度が参加者の人権や他者・社会との今後の向き合い方や関係の取り方にどのような影響を及ぼすのか、推して知るべしです。
 この意味から、啓発関係者(啓発組織)が、日頃の人権啓発をバイアスの視点から点検してみることが大切だと感じます。当センターが次年度から本格的に開始する調査研究「啓発関係者のバイアス」では、啓発関係者が抱きがちなバイアス等の実態把握に努め、啓発関係者個人と所属集団・組織レベルでの改善策を提案したいと考えています。

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